・『スチームボーイ』、所感

昨日もちょっと触れましたが、ようやく一昨日、大友克洋監督の『スチームボーイ』を観てきました。DVD付き前売りを買ってはみたものの、なかなか行く機会が無くて。以下、思うところを書いてみます。長くなると思います(笑)
1つの作品として、「空想冒険活劇」の名に反しない面白さでした。物語は分かりやすいし、画はキレイだし、厚みのある音もしっかりしてるし、実は密かに心配してた声優陣もロイド爺さんを除けばOKだし。「大友克洋」という一種のブランドにこだわらなくても、どちらかというと楽観的なテイストに彩られてることもあり、年齢を問わず単純に楽しめる作品だと思います。
もちろん「大友好き」ならさらに楽しめます。例えば一見「大友らしさ」が薄れているようにも思える画作り。でもよく見れば、そこにはこれまでの作品群の流れから続くエッセンスが散りばめられています。古くは『童夢』やコミック版『AKIRA』でも描かれていた大胆な構図、映画版『AKIRA』における有機的な無機物や崩壊の表現、『MEMORIES』の中の『大砲の街』で実験的に取り入れられた手法や蒸気の描写、そして機械へのこだわり等々。「そういう目」で見れば、いたる所に「大友流」が散見できたりします。
特に思い入れのない人が見ても、とりあえず画のキレイさはよく分かると思います。でも予め『AKIRA』と『MEMORIES』だけでも観ておくと、また違った印象になるんじゃないでしょうか。νガンダムは、ぢゃなくて、映像密度の濃さはダテじゃないって感じで。予習するとしないでは、映像における楽しめるポイントの数が変わってくるでしょうね。
ストーリーも一見分かりやすいんですが、大筋の裏にはやっぱり大友テイスト。「どっちが良くてどっちが正しいのかなんて決められないけどね」って。過去の作品群とも共通する要素です。登場人物たち個々のセリフの立脚点を考えると、どう頑張っても勧善懲悪にはなり得ない。例えばエディの言う「科学は力」と、ロイドが科学に求める哲学的姿勢、どちらもそれだけじゃマズいし、かといって本質的に排他的でもないわけです。そんなのレイだって選べるわけがありません。
ただこの命題は、劇中において父親か祖父かの選択に還元されているので、少年の成長譚的な味付けにうまく転化されてますけどね。そういう要素を取り入れたことにより、映画の間口は広がったことでしょう。表層部分だけ見てても楽しめる脚本に仕上がってます。
あ、そうだ、背景(物語の背景ではなく、映像としての背景画像)についても触れておかなければ。レンガ造りのレイの家、その目地、田園風景、スモッグに汚れた町並み、博覧会場、ロンドン俯瞰図、オハラ財団パビリオン、スチーム城内部……これでもかってくらい気合いの入った背景の連続です。流麗なアニメーションに目が行きがちですけど、その後ろにも目を向けてみてください。見事な筆致で質感が表現されています。
物語開始後すぐに出てきたレンガ壁からしてビックリさせられました。なんだこの描き込み具合は、こんな短時間のためだけにここまで描いたのか、と。しかもそのテンションがずーっと維持されてます。まいった。『東京ゴッドファーザーズ』の背景も手抜きなしの描き込み具合だと思いましたけど、それを超えてます。あまりに見事すぎて前景が目立たない時もあったりしますが、まぁそれはご愛敬(笑)
制作開始当初の9年前はともかく、今さらCGを使ったアニメなんて目新しくも何ともないですよね。でもそういう「手段」の部分ではなく、最終的な「成果物」に目を向けてみると、手描きの精緻な背景とも相まって、これはトップレベルのアニメ作品だと思います。たださすがに9年という歳月は長かったようで、物語が進むに連れて画の完成度、特にキャラの作画レベルが上がってるように見えました。決して前半が劣っているのではなく、後半のレベルが高い。きっとシーケンシャルに制作していったんでしょうね。
あと、直接本編とは絡まない話を1つ。エンディングロールが始まると席を立つ人がいますが、それはもったいない。エピローグとしての小ストーリーが描かれています。そしてさらに、パンフレットに書かれている大友氏のインタビュー記事の言葉と合わせて観てみると、もう1つ別の楽しみが生まれてきます。

(9年かけて完成した今のお気持ちは?)
9年もかけたくなかったし、もう少し早くやって次がやりたかった。でもしょうがないですね。

(とういうと、すでに何か構想があるんですか?)
次回作は「スチームガール」です(笑) 主人公はもちろんスカーレット。楽しみにしていただきたい。

楽しい言葉じゃないですか!(笑) エンディングロールの背景として映し出される、別の物語のプロローグとしても捉えられるカット群。映画本編をメインディッシュとするなら、エンディング以降の内容の広がり、自分なりの「スチームガール」を想像するだけで、まるでおいしいデザートを味わうかのような楽しみ方ができます。別腹も膨れて大満足(・∀・)
もちろん細かい突っ込みどころもあります。そもそも「スチームボール」の原理自体明確にされていませんし、あんな金属の固まり抱えたまま泳ぐのは無理だろうとか、強烈な蒸気圧の反動を体一つで支えられるのかとか、「リアル」にこだわった割には杜撰な面が見受けられます。でもそんなあら探しはどうでもよくて、「冒険活劇」として積極的に楽しむのが正しいスタンスだと思うのです。何だかメタメタで大味なハリウッド映画だって、結構楽しめたりするのと同じです。あ、これは同じじゃないか(笑)
いずれにしても、大友ファンならより深く、そうじゃない人もキレイな画像と迫力の音、分かりやすい物語を楽しめる、ジャパニメーションの1つの到達点。観て損は無いでしょう。
最後に、id:ain_edさんの書かれたすてきな文章をご紹介。

作品は作品として評価する人もいるが、僕はどうしても作品と監督の関係を考えてしまう。G戦場ヘブンズドアにも描かれていたが、彼らにとって作品は子供なのだから。哲学にちょっとした恋や成長、発明に発見、希望と失望、葛藤に社会性。スチームボーイは、正に大友克洋の子供だった。

蓋し名言!